デモシーナーiqさん(RGBA)にインタビュー
デモシーンのことをブログに書くようになってから、まわりの人に「デモシーンってなに?」と聞かれることがちょこちょこあるようになりました。大体は、『Moleman 2』を見てくれよ!と言っているのですが、それだけだとたぶん見てくれないので、時間とネット環境がある時は、実際のデモを見せて簡単に説明するようにしてみています。
とはいえ、私自身も相手もそれほどコンピュータに明るい人間ではなかったりするので、お互いのため、できるだけ簡単!簡潔!な紹介を心がけるようにしておりまする。でも、なかなかこれが難しい…。
私が伝えたいのは次の2点。
1. これって絵じゃなくて、コンピュータのプログラムの数字とアルファベットだけで出来てるんだって。
2. これが全部4KBとか64KBのファイルに入ってるんだって。マッチ箱にスイカ入れるようなもんだな!
こういった説明をするためのデモをいくつか頭に用意しているんですが、その中でもRGBA+TBCの『Elevated』は、“これ絵じゃない!しかも4KB!”と、上の2つの説明が一発でできるので重宝させていただいてます。
そんなわけで今回のインタビューは、この作品を制作されたRGBAのコーダー、iqさんにお願いしました!この伝説的なデモの制作裏話から、インスピレーションの源、作業現場(写真もあるぞー!)、自己表現の手段としてデモと数学を選んだ理由についてもお伺いしました!ある程度予想はしてたけど、それ以上にビックリ!(笑)どうぞお楽しみください!
——————————————————————–
まずは簡単に自己紹介をお願いできますか?
こんにちは、本名はInigo Quilez(イニゴ・キレス)といいます。”iq”というニックネームはここからですね。実際、デモシーンに参加するずっと前から(ついでに、英語で話をするようになる前から)使っています。RGBAというグループを共同で立ち上げる前にもいくつかデモグループには所属していたんですが、どのグループでもコードを担当していました。一度だけデモパーティーの運営を手伝ったことがありますが、あれはすごく大変な仕事ですね。僕の場合、パーティーのオーガナイザーをするんだったらアセンブラでデモやイントロのプログラムを書くほうがいいかな!以前、ちょっとした作品の音楽を作ったこともあるんですが、あれは自分には向いてなかったですね。やっぱり、僕にはコーディングが合っているんだと思います。
初めてコンピュータを使ったのはいつでしたか?
初めてコンピュータを使ったのは14歳の時だったので、かなり遅かったと思います。でも、それからすぐにプログラミングを始めたんです。中古のIntel 8088のIBM PCだったので、それほど多くのことはできませんでしたけどね。わかります?電子レンジのような形をした緑色のスクリーン(グラフィックスはなくて、テキストモードのみ!)に2つのフロッピーディスクドライブ(当時はハードドライブなんてなかったんですよ!)がついたあの重たい箱のことです。
プログラミングに夢中になって、本当にものすごく勉強しましたね。まだインターネットがない時代だったので、試行錯誤を繰り返しながら学んだ感じです。2~3年間はまったくの独学で、もちろんデモシーンのことも知りませんでした。
その頃は何のプログラミングをしていたのですか? ゲームを作ったりしていたのでしょうか?
8088のコンピュータでは、最初にGW-BASICを使ってテキストモードのゲームを作りましたね。その後はMode 13hの入ったi386のコンピュータを使うようになったので、フラクタルから始まっていろいろなグラフィックスを試すようになりました。あれ以来、ゲームを作ったことはないですね。
フラクタルで遊んでいても、当時は全くデモシーンとのつながりはなかったんですか?
一度だけ地元でやってたイベントに行ったことはありましたね。父親の言葉によれば、「コンピュータの何かをやってる」ということだったので、見に行ったんです。これがいわゆるEuskal Party(スペインで開催されているデモパーティー)だったんですね。数千人が集まるかなり大きなパーティーで、デモシーナーも大勢いました。2、3時間ぐらい会場にいたんですが、正直なところ、大きなスクリーンに映し出されるものが全然理解できなくて。今考えると、あれは4KBのコンポだったんだと思いますが、あの時は巨大スクリーンで“変なかたちのジャガイモ”が意味なくただ回ってるようにしか見えなかったんですよね。それでも、すごくいいなと思って周りの人に聞いてみたら、コンパイラを使って作ってるって言うんです。僕が当時使っていたGW-BASICやQBasicインタプリタよりもはるかに高度なものでしたね。
なるほど。iq少年はここでデモシーナーに遭遇するわけですね。
デモシーンとの接点を始めてここで持てたわけですが、パーティーの後はしばらくその存在を忘れていました。再会したのは、その3年後のことです。大学のルームメイトが、スペインのデモグループDosisの『GENESIS』(動画)と(Future Crewの)『Second Reality』(動画)を見せてくれて、、そこでようやく正式にデモシーンとの出会いを果たしたんです。
良かったですね!(笑) デモシーンと正式に出会った後は、自分でもすぐにデモを作り始めたのでしょうか?
それから本当にすぐでした。GenesisとSecond Realityを見たその夜からデモのコードを書いてましたからね。僕は4年間ひとりでプログラミングをしていたので、この出会いはまさに神さまのお告げのようでしたね。4年間のトレーニングは、この不思議なミッションのためにあったかのように感じました。だから、その夜からデモのコードを書くという“僕が本来やるべきこと”を始めたんです(笑)
お告げ!映画だとこういう時に鐘がなったり光が差したりする瞬間ですね!(笑)
ただ、その時はWatcom Cコンパイラでメタボールを作るのと同じ時間を、FastTrackerで作曲にも費やしていましたね。それに、大学では電気工学を勉強していたので、プログラミングやアルゴリズムを学ぶということについては、またひとりぼっちだったんです。ただ、夜は長いし、朝の授業は大して面白くなかったので、デモを作る星回りだったんでしょうね。それ以降、デモ(それか、デモに近いもの)のコーディングをずっと続けています。
電気工学? まさかロケットとかワープトンネルを作る夢があったとか、、?
いや、そこまではいかないです。ただ、電子機器が大好きだったので、ゼロからコンピュータを作ってみたかったんですよ。ゲート設計からVHDL、ゆくゆくはOSとソフトウェアまで全部。まぁ、大学2年の時に14ビットのコンピュータを作ったんですけど(笑) 電気工学を専攻したのは僕にとって楽だったからで、どうしてもやりたかったからではないんです。僕は本当になまけものなんですよ。
最初に「そこまではいかないです」って言ってましたけど、、、まぁ、、いいです。(笑)
では、iqさんの制作プロセスについてお伺いしたいのですが、デモを作り始める前にテーマやスケジュールを決めていますか? あとは、アイデアをノートに書いておくとか…?
そうですね、、これまでを振り返ると、かなりバラバラでワイルドな感じでやってきましたね、絵コンテどころか、スケッチも計画もなかったですし。いつも自然な流れでした。自分の力を自分自身に証明したい(あと、世界に証明したいって時もありますが)という欲求に突き動かされてやってきたんです。だから、ほとんどの作品は何かを成し遂げるために必要だったものですね。ただ、『Elevated』だけは違うかな。これは、さっき言ったようなことと、入念に計画されたものがミックスされていますね。MentorとPuryxと一緒に作っていたので、この時ばかりはどうでもいいものを出すわけにはいかなかったんです。デンマーク人に対して、失礼のないようにしないとね。あの時はまるで学校の課題を仕上げるように、何週間か(2ヵ月くらい?)定期的にきちんと取り組みました。でも、こういう作り方は僕にとっては例外的ですね。
4KB demo “Elevated” by RGBA & TBC (2009)
デモの内容に関しては、頭の中に表現したいイメージがあるんです。作品の中で自分が見たい「瞬間」とか「キーになるビート」と言ってもいいかもしれません。こういう瞬間で自分が感動したいし、見ている人をあっと驚かせたいなと思っています。こういう瞬間的なイメージっていうのは、僕の中でかなりはっきりしてるんですが、その他の部分はぼんやりしていますね。
タイトルはいつ決めるのですか?
タイトルは、パーティーで作品を提出するギリギリになって決めることもあります。zipファイルにしてアップロードするまでは、どれもみんな”main.exe”っていう名前ですね。ただ、『Paradise』と『Elevated』だけは違っていて、Paradiseは完成の数ヶ月前から決まっていて、Elevatedは締め切りの2、3週間前にMentorが提案してくれました。
64K demo “Paradise” by RGBA (2004)
そうでしたか、、面白いですね、、。 先ほど『Elevated』だけは違うとか例外的とお話されていましたが、この作品はどういった部分で他の作品と違っているのでしょう?
Elevatedは、コンポで優勝することを考えて作ったという点で他の作品とは違っていますね。すごい音楽とカメラワークを使って、徹底的にコードを最適化しようと決めていたんです。それと作品を完璧なものに仕上げるため、かなり時間に余裕を持って取り組もうと思っていました。(コンポの2カ月前から制作してたんです!) だから、焦って作った作品ではないんですよね。ちょうどその頃、6年間付き合ってた恋人と別れたばかりだったので、コーディングに使える時間がたくさんあったんです。ソファとプロジェクターしかない40平米の広いリビングで、昼も夜もイメージングとコーディングをしてました。僕だけのシアタールームみたいでしたね!
もちろんビジュアル用に絵コンテを作ったりはしませんでしたけど、時間に余裕があったので、いろんなカメラの位置を試してみて一番良かったものを選んだり、音楽を改良したりっていうことはしましたね。完成したのはコンポの3日前で、”これで優勝できる”という確信があったのを覚えています。作品の仕上がりに、自分たちが満足していたんですよね、、これはかなり珍しいことなんです!
絵コンテもない状態であれを作ったっていうのは、にわかには信じがたいですねぇ…。では、デモのインスピレーションはどんなところから得ているのでしょう?
『ハリー・ポッター』、『ロード・オブ・ザ・リング』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『ホビット』ですかね。マットペインターとVFXスタジオがインスピレーションかな。でも、すごく間接的ですけどね。こういう映画を見ると、“自分でもやってみたいなぁ!!!!!”と思うんですけど、僕はものぐさな男なので、映画を買ったりダウンロードしてまで研究することはないですね。ただ映画を見て、奇跡的な方法を使って到達したいクオリティの目標を決める感じです。もっと体系的に研究するべきだって思うんですけど、いつも何となく気がついたことをチェックするか、あとは何もしないで終わっちゃいますね。
モーショングラフィックス、デモリール、視覚実験をヒントにすることもありますけど、そこまで面白いものではないので、映画ほどチェックはしないです。
これはiqさんの好きな映画ですか?それともインスピレーション用の映画なんでしょうか?
これは僕の“好きな映画”ではないです。というか、僕は映画をほとんど見ないんです。テレビも持ってないし、Netflix(米国のオンラインDVDレンタルサービス)もストリーミングサービスも使ってません。誰かが映画を見に行きたいって言う時に一緒に行くぐらいですね。ここで挙げたのは、インスピレーションを得るための映画です。素敵なビジュアルですよね(それと安っぽい感じがしますけど、僕は安っぽい感じが好きなので)。
なるほど、、、つかぬことをお聞きしますが、寝ている間に夢は見ますか?色付きの夢ですか?
夢はほとんど見ませんね。月に1回見るかどうかぐらいです。よく、“覚えていないだけで、誰でも夢は見ている”って言いますけど、僕は見てないと思いますね。僕の夢はカラーでもモノクロでもなくて、決まった言語もないです。スペイン語、バスク語、英語のどの言葉で夢を見るの?って聞かれたりしますけど、色もなければ言語の違いもないんです。
映画を見る感じとは違っていて、何かを見たり聞いたりってこともないです。他の人はどうなのかな?僕の夢は、ただ何かのやり取りをしていたり、状況や視点があるだけですね。そのやり取りの方法として使われる言葉とか、その舞台となる場所に色はないです。それと、第三者としてではなく、一人称で夢を体験していることが多いですかね。普段の生活と同じように、“誰かに何かを伝える”だけで、どこにどんな文法や言葉を使ったかは関係ないというか。伝えたいことを伝えているだけ、っていう感じです。同じように、どこかの店にいれば、“店にいる”っていうだけで、そこがカラーなのか白黒なのかは関係ない。夢っていっても、現実とそれほど違いはないですからね。だから、僕の夢には特に色とか言葉はないです。まぁ、めったに見ませんけどね。
むむむ…。もっとこの話題を掘り下げていきたい気もするんですが、、またの機会にします(笑)
では、iqさんのデモが生まれる現場を見せていただけませんか?必ず夜中に作業するとか、お茶を飲むとか、作業するときの“こだわり”みたいなものはありますか?
僕は完全なる夜型人間ですね。目が覚めてまだ外が明るいと、すごく情けない気分になります。
だから、制作は夜ですね。町が眠りについた静かな時間帯で、誰にも邪魔されず、他にしなきゃならないことがない時に作っています。大体は暗い部屋で作業していますが、5年前に飾ったまま今も24時間つけっぱなしになっているクリスマスのライトがあるので、“クリスマスライトが光る暗い部屋”といったほうがいいですね。机の左側にはデスクライトがあって、何か物を書いたり、絵を描いたりする時に使っています。コンピュータは右側に置いています。デスクとして使っているのは、IKEAの大きい(でも安い)テーブルです。クリスマスのライト以外は、14歳の時からこんな感じでやっていますね。使いやすいかどうかというより、もはや習慣の問題なんだと思います。
お酒も飲まないし、タバコも吸いませんけど、シリアルにコンデンスミルクとヨーグルトをかけて食べてます。音楽を聞くこともありますけど、本当にごくごくたまにですね。僕は一度に1つのことしかできないタイプなんです。実のところ、今まで他の人が“音楽を聞きながらコードを書く”とか、“音楽を聞きながら本を読む”とか言っても信じてなかったですからね。でも、僕にはできないけど、皆さんは本当にできるみたいなので。(僕も単純なことだったら音楽を聞きながらできますけど、わざわざやる意味もないかなと、、) だから、ほとんど音楽も聞かないです。
シリアルボウルを抱えながらクリスマスライトの下でコーディング、、、今後はその姿を想像しながら作品を見たいと思います(笑) では、残念ながら私には理解できない部分ですが、デモを制作している読者の方のためにお聞きします(笑) どんなプログラムを使ってデモや音楽を制作していますか?自作ツールを使っていますか?
Visual Studioです。今は同僚のPol Jeremiasと作ったShadertoyがあるので、Shadertoyも使っています。MayaとかMax、Photoshopは使い方が分からないんですよね。After Effectsとかをビデオの制作用に使いたいと思っているんですが、まだ使い方を勉強する時間が取れてないんです。
だから、Visual Studioとペンですね。ノートも使わないです。毎日、頼んでもいないのに郵便受けにDMやら広告やらが入っているので(アメリカに住んでいると、送るなといってもすごい量が届くんです)、その裏面とか余白でちょっとした計算をしたり、メモを取ったりしています。
作品に関して言えば、デモツールも使っていません。一度自分で作ってみようとしたことがあったんですが、悲惨な結果に終わりました。僕はツール作りに向いてないんだと思います、、あれは死ぬほど退屈な作業でした。それに、デモツールのコンセプトにも納得がいってないことに気が付いたんです。作品を1つ2つ作るには良いのかもしれないけど、中期的な制作方法としてはどうかなと思うんです。僕の考え方が間違っているのは分かるんですが、それでも、自分では“違うかな”と。もちろん、最終的にはアーティストとコーダーのどちらがデモを作るのかによると思いますけどね。
あなたは、”数学をグラフィックスに変換するプロセス”を紹介したビデオチュートリアルも作成していますよね。それと、先ほどもお話に出ましたが、グラフィックスのコードを共有できるコミュニティサイト「Shadertoy」も開設しています。いろいろとご趣味も多そうだし、得意なことも多そうですが、なぜその中でも数学とプログラミングを選んだのですか?
それは、数学とコーディングが“簡単だから”です。
ええっ?!
…いや、ちょっと待ってくださいね。ちゃんと説明します。子どもの頃、学校ではいつも数学が好きだったんです。数学は直感的で自然なものだと思っていましたね。たぶん、ほとんどのコーダーがそう思ってるんじゃないかな。数学の授業は、語学や歴史の授業よりも楽だったんです。さっきの“簡単”というのは、この”他のものより楽にできる”という意味ですね。それに僕は面倒くさがりなので、他の教科ではなく、この楽にできる数学にいちばん時間を割いていたんです。勉強するからよく理解できるようになって、理解できるとさらに楽になっていきました。好循環ってやつですね。でも、ある時、楽でよかったと思うかわりに、”もっと学びたい”と思うようになったんです。それからは(学校以外でも)独学で数学を勉強するようになりました。ちなみに、大学では技術の分野を専攻していたんですが、これも自分にとって”楽だったから”です。
ビデオチュートリアル “formulanimations tutorial :: the principles of painting with maths” by iq
それで、難しい問題や方程式にコンピュータを組み合わせてみたら、教科だった数学がいきなりエンターテイメントになったんですよ。それでプログラミングを勉強し始めて、フラクタル、デモシーン、数学的な絵画へとコマを進めていくわけですが、こういう流れもすべて自分にとって楽なことを選択した結果なんです。僕は生まれつきの怠け者で、物事を信じられないぐらい先延ばしにするので、よくマズイことになるんです。で、ぐずぐずと先延ばしにしている間に何をしているかっていうと、大体は”数学とイメージ”に関することですね。
す、すごい…。趣味は数学とイメージですか…。
まぁ、いつでも数学とイメージってわけではないですけどね。それ以外で挙げると、まずはスキーですかね。数年前には大会にも出ていて、今でも雪山を滑るのは大好きです。それからコンテンポラリーダンス(舞台に立ったこともあります!)、文章を書くこと、新しいことを学んだり、、、あとは何だろう…。人前では言えないようなことばっかりだな(笑)
分かりました、これ以上突っ込むのはやめます(笑) 私は数学が苦手なのですが、得意な人はよく”数学には美しさがある”というようなことを話しています。あなたの言葉で、この”数学の美しさ”について説明していただけませんか?
いろんなレベルの美しさがあると思うんです。僕自身は数学を魔法のように使える“マスマジシャン(数学の魔術師)”ではないし、高度な数学に関わる抽象的な概念や構造をすべて理解しているわけではないので、この言葉の意味するところを全レベルで感知することはできませんけどね。そういう高いレベルの数学っていうのは、たぶん“哲学的な詩”みたいなものだと思います。僕はそこまでいってないんです。ただ、僕の知る限りで言うなら、数学の美しさは、“自分の頭で理解して、そこから直感で知識を得ることができた数学的な概念と発想”のなかにたくさんあると思います。過去に経験がありますけど、そういう直感が働いた時っていうのは、頭の中がくすぐったいような楽しい気持ちになるんです。
でも、僕は、“数学の美しさ”よりも“数学は美しいものを生み出す”という言葉をよく使いますね。僕がやっているのは、哲学的なこととは関係のないすごく実用的なことで、“数学を使ってきれいな絵を描く”っていう、ただそれだけのことなんです。これはデモシーンやCG映画制作の基本原則の1つで、哲学でもなければ深い信念も必要としない、形をもって存在する現象です。でも、ほとんどの人はそんなこと分からないし、デモや映画にものすごい量の数学が使われていることも知らないですよね。だからこそ僕は、“数学は美しいものを生み出す”というメッセージを伝えていけたらいいなと思っています。
はい、私も全く知らなかった人間の1人です、今でも信じられていませんけど…。 さて、デモ制作の話題に戻りましよう。どんなグループと作業するときでも、これだけは譲れない!ということや、自分なりに決めたルールや目標はありますか?デモや音楽を作るとき、特に気をつけていることがあれば教えてください。
もちろんあります。自分で立ち上げた企画や制作したデモを良いと思えなかったら、リリースはしません。僕は自分自身に(あと、他のデモシーナーに対しても)ものすごく高い基準を設定しているんです。だから、僕が何も出さないとすれば、それは自分で作ったものにまだ満足していないからですね。
クオリティの追求には時間がかかるものです。それに、90対90の法則のことも知っていますけど、僕の場合は作品を出せないことが問題ではないんですよね。僕がデモをリリースしないからって世界がどうなるわけでもないし、誰かに迷惑がかかるわけでもない。だから、自分のスキルや知識のレベルが上がって、以前より良いアーティストやコーダーになれる時まで待つんです。急いで何かをするんじゃなくて、自分の目指すものに到達できるまでじっと待つ。それに、、もう何度も言ってるのでお分かりかと思いますけど、僕はものぐさな人間ですから、こういうスキルや知識を計画的に向上させようとは思っていないんです。
その代わり、他のことをしながら、バックグラウンドプロセスで必要なことを学んでいく感じですね。自分の目指したいものや、それに近いもの(映画や作品など)に身を置くことで、自分に浸透させていくというか。それで、数年ごとぐらいに自分のアイデアを試してみて、また失敗するというのがいつものパターンです。そしたら、また自分の生活に戻って他のことを続けます。
あなたの作品は、4KBとか64KBとか、大体が小さなサイズに収まっていますよね。サイズは重要ですか?なぜ小さいサイズにこだわりがあるのでしょう?
もちろんサイズは重要ですよ。質の高さで補うこともできますけど、適切なサイズだったらもっと良いですからね!
えっと…確認しますが、この話題は、、、
これはデモにも当てはまります。素晴らしいデモを作って、それが小さなサイズに収まっているなら、魅力は倍になります。それにファイルサイズを制限すると、「数学は美しいものを生み出す」っていうのを証明するのにも役立つんです。サイズを小さくするには、必然的に数学の要素がいろいろと必要になりますからね。
64KB demo “195/95/256” by RGBA (2005)
なるほど…。では、少し意地悪な質問をさせてください。私はプログラミングをしないので推測になりますが、あれだけの量のグラフィックスと音楽をたった数行のコードに収めるとなると、”もうこれ以上小さくできない!”っていうところまで、ひたすらコードに磨きをかけることになるのだと思います。そうすると、完成したコードは1行でいろんなことをこなす”スマートなコード”になっている気がするんですが、こういうコードって、一般的なビジネスの世界の観点から見た場合、ちょっと実用性には欠けていませんか?何か失敗したらほとんどやり直しになりそうですし、何より、この手の”究極のコード”みたいのって、プログラマとはいえそう誰でもが扱えるものではない気もします。コンピュータプログラミングの世界では、実用性と美しさって両立できるものなんですか?
僕には分かりません。でも、規定のサイズに収まるよう最適化された難読なコードと、一般的に“うまく設計されたコード”と呼ばれるものとの中間点はあると思います。まぁ、うまく設計されたコードと言っても、オーバースペックだったり、包括的すぎたり、コード文書が多すぎたり、バカバカしいほど使えないコードがほとんどなんですけどね。プログラマなら誰でもこういうコーディングスタイルは知っていますし、実際、こういうスタイルでやってる人は多いんです。デザインパターンはよく知っているけれども、きちんとしたプログラムの作り方はよく知らないっていう人ですね。でも、そういうコーディングをするよう教育されている場合もあるから、すべてその人が悪いわけではないんです。
僕が思うに、ビジネス向けの実用的なプログラミングとシンプルな(つまりサイズの小さい)コードを両立させる“エレガントで堅牢な設計のコード”のポイントっていうのは、学術的なプログラミングやエンジニアのたまごが書くコード、それとデモコーダーが書くコードの間のどこかにあるんじゃないですかね…。
すごく興味深いですね…。プログラミングは、言語の違いだけでなく、スタイルもいろいろあるんですね。 それでは、そろそろ定番の質問にいきましょうか。好きなデモ、心に残るデモ、影響を受けたデモ、、または人生を変えたデモ… iqさんにとって特別なデモを教えてください。
Dosisの『GENESIS』、Future Crewの『Second Reality』、Sunflowerの『Tesla』(動画)、Farbrauschの『fr-08: .the .product』(動画) あとは何だろう…、いろいろあります!
デモシーンとの出会いで、自分の人生が変わったと思いますか?
もちろんです。今はデモを作ることが仕事になっていますからね。オフラインレンダリングでストーリーを伝えるものにはなっていますけど、やってることはデモコーディングですね。デモシーンとの関係がなければ、今の僕はなかったと思います。 (注:ちなみにiqさんのお仕事はこちら)
では、本当に”神さまのお告げ”だったんですね! 今後のデモシーンはどんなふうになることを期待していますか?
デモが”デモ”に見える時代はいつか終わってほしいですね。もはや時代遅れのコンセプトだと思うんです。ものすごい技術で信じられないイメージを作り出して人を驚かせるとか、コードで美しいものを生み出すっていう方向性で続いていってくれるといいんですけどね。僕もそういうのを目指しています。サナギが蝶になるように、デモが現在の形式から何か違った良いものに変わるといいなと思いますね。
美しいイメージですね。それでは最後にデモシーナー、デモファンの方にメッセージをお願いします。
デモシーナーの皆さん、あなた方は最高です!
デモファンにメッセージ?何だろう、”デモを作りましょう”とか? それとも”デモを見てくれてありがとう”とかかな?笑
——————————————————————–
iqさん、すべての質問に丁寧にお答えいただきありがとうございました!いろいろビックリしました!(笑)
iqさんのウェブサイトでは、過去に手がけた作品だけでなく、『Elevated』のチュートリアルを含む大量の記事が掲載されています。普段の生活を書いたブログもあって、かなり読み応えありなのでぜひチェックをば。そして、デモグループRGBAのウェブサイトでは、過去の作品と作品のソースコード(!)が公開されています。ご興味のある方は、ぜひダウンロードして研究してみてください。
それと、文中にも出てきましたが、グラフィックスのプログラミングがお好きな方は、こちらの「Shadertoy」のチェックもどうぞ。(ちなみにこのウェブの閲覧には、WebGL対応のブラウザが必要です。) Shadertoyを使ったIqさんのビデオチュートリアルは、こちらから閲覧できます。Shadertoyに関する記事は英語ですがこちらにも。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
そもそも“デモ”ってなに?パソコンの話?と思った方は、まずはこちらのMoleman2のドキュメンタリーをチェック。(この映画の監督、シラードさんのインタビューはこちらでどうぞ。)
#1: 日本のデモシーナー、qさん(nonoil、gorakubuのコーダー)にインタビューは、こちら。
#2: デモシーナー、Gargajさん(Conspiracy、Ümlaüt Design)にインタビューは、こちら。
#3: デモシーナー、Preacherさん(Brainstorm、Traction)にインタビューは、こちら。
#4: デモシーナー、Zavieさん(Ctrl-Alt-Test)にインタビューは、こちら。
#5: デモシーナー、Smashさん(Fairlight)にインタビューは、こちら。
#6: デモシーナー、Gloomさん(Excess、Dead Roman)にインタビューは、こちら。
#7: 日本のデモシーナー、kiokuさん(System K)にインタビューは、こちら。
#8: デモシーナー、kbさん(Farbrausch)にインタビューは、こちら。
#9: デモシーナー、iqさん(RGBA)にインタビューは、こちら。
#10: デモシーナー、Navisさん(Andromeda Software Development)にインタビューは、こちら。
#11: デモシーナー、Pixturさん(Still, LKCC)にインタビューは、こちら。
#12: デモシーナー、Crypticさん(Approximate)にインタビューは、こちら。
#13: 日本のデモシーナー、0x4015(よっしんさん)にインタビューは、こちら。
#14: デモシーナー、Flopine(Cookie Collective)にインタビューは、こちら。
#15:デモシーナー、nobyさん(Epoch、Prismbeings)にインタビューはこちら。
私がデモシーンに興味を持った理由、インタビューを始めた理由は、こちらの記事にまとめてあります。また、デモやデモシーンに関連する投稿はこちらからどうぞ。